就活体験記(説明会)
1. 説明会
本選考に臨むための入り口が、説明会です。文字通り、企業の社員さんたちが会社の概要を説明してくれます。その後質問を受け付けてくれる場合がほとんどです。
説明会に参加せずとも本選考に臨むことができる企業も多いですが、可能な限り参加することをお勧めします。その理由は、社員さんの色や、その会社を志望する学生の色を見ることができるからです。私は、将来一緒に仕事をする人たちの性格を知ることに最も重きを置いていたので説明会への参加は必須でした。
説明会に関して、後輩にこんなことを聞かれることがあります
「説明会の質疑応答の時間には質問した方がいいですか?」
疑問に思ったことがあれば質問すればいいと思います。よく挙手して丁寧に大学学部氏名を名乗って質問をする就活生を見ましたが、個人的に質問したからといって人事の方の評価が変わることはないと思います。逆に大人数の就活生を前にして質問するのが恥ずかしいと感じる方もいらっしゃるかと思いますが、そこは自信を持って質問してください。社員の方に直接質問させていただく機会は貴重やと思います!
説明会の後は、説明会の内容や感想を何かしらの媒体に記録しておくようにしていました。膨大な数の企業の選考に臨んでいると、説明会で聞いたことを忘れる恐れがありますし、何より面接まで進んだ際にも役に立ちます
説明会に関してはこのくらいでしょうか。
説明会は、会社を理解する上での第一歩となります。参加すればいいってもんじゃないので、人よりたくさんのものを吸収する場にしていただきたいですね!
就活体験記(エントリー前の準備)
どうもポウレです。
3月に入り、暖かくなってきましたね。
去年のこの時期に何してたっけな〜〜って考えて真っ先に思いついたのが「就活」でした。
最近街中で就活生あまり見かけないなと思っていたのですが、おそらく新型コロナウイルスの影響ですね。今年は大学内の合同企業説明会も中止になったと聞きました。
去年の今頃、私は毎日企業説明会に参加し、隙間時間にエントリーシートを書く日々を送っていた記憶しています。
そんな日々から得た就活の経験、私が企業の選考の対策としてやっていたことを、数回にわたってお話ししようと思います。冗長な文章になるかと思いますが、お付き合いいただければ幸いです。
本年度は説明会などの中止が相次ぎ、不安感を抱いている就活生の方々も多いかと思われます。私の経験が、少しでも後輩早大生の方々のお力になれれば幸いです。
初回は、私が就活を始める前に準備していたことについてお話しします。
私が就活前に準備したこと
その1
就活仲間を作る
サークルの仲間、ゼミの仲間、他大の友達、誰でもいいです。同じ時期に就活に臨む友人のコミュニティを形成すると、様々な業界の情報が入ってきます。そこから今まで考えていなかった志望先が見えてきたりもします。
ここで注意したいことは、広すぎるコミュニティを作らないことです。本当に信頼できる友達10人程度でいいと思います。
選考が進むにつれて、関係がギクシャクする例も見てきたので...
私が就活前に準備したこと
その2
就活用グーグルアカウントを作る
個人的に必須アイテムやと思います。まず、スプレッドシートにエントリー企業とエントリーシートの期限、Webテストの期限、マイページのURLをまとめます。(エントリー企業を見易くまとめられておすすめです。)
次に、
①「エントリーシートの質問項目をコピペして下書きする用のフォルダ」
②「各企業のSWOT分析結果をまとめるフォルダ」
を作成し、そのフォルダにエントリー企業ごとに作成したドキュメントを入れていきます。
①について
いちいちマイページに行って質問項目を確認する作業を省くことができますし、寝る前や電車の中のちょっとした時間も、エントリーシートの作成に充てることができます。
②について
選考を通過し、面接を受けるフェーズになると、企業理解を試される質問を受ける場面が増えます。その対策として各企業のSWOT分析をしておくと良いです。SWOT分析といっても、ネット上にあるものをコピペして理解するのではあまり効果がありません。まず各企業のホームページで事業内容をインプットし、そこから得た情報をもとに自分で分析を行うことに意味があると思います。「あなたがこの会社に入社してやりたいことは何ですか?」や「この会社に足りないものは何だと思いますか?」などの質問にも答え易くなり、「確固とした自分の意見」として面接官の社員さんに伝えることができます。
私は、①と②の準備がある程度済んだら、そのフォルダを、その1で作った就活仲間と共有していました。
特にエントリーシートは、誤字脱字をしてしまったり、独りよがりの文章を書いてしまいがちです。人事の方にエントリーシートを提出する前に、自分以外の人間に読んでもらうことで、より洗練された文章にすることができます。また、他人のエントリーシートを見ることで、「こんな文章の書き方があったのか!」という発見もあります。(パクるのは絶対NGですよ!)
誤字脱字を指摘したい時には、グーグルドライブの機能「コメント」で伝えるようにします。(ドライブって便利だな〜)
私が就活前に準備したのはこのくらいですかね。準備しておいてよかったと思えるものばかりです。就活のやり方は人それぞれで、何が正しいか私にはわかりませんが、参考になれば幸いです。
次回は、「説明会、Webテスト、エントリーシート」についてお話ししようと思います。
読んでいただきありがとうございました。
それではまた!
卒業に眼鏡は余計だ
今週のお題「卒業」
気がつけば3月半ばに差し掛かりそうな今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
もうすぐ春ですね。
春と聞くと、寒い冬が終わり暖かくなり、明るい雰囲気が感じられるかもしれませんが、最近私はまた違った感覚がします。
冬って、寒さのせいで外に出る機会が少なくなってインドア化して、あまり思い出という思い出(インスタ映えするような思い出)がなかなか作れないイメージがするかもしれません。
でも私は少し違います。インドアゆえに親密な交友関係が促進されて、色濃い思い出がたくさん作られるのが冬やと思っています。
サークルの友達と鍋パしたり、炬燵で温まりながら夜遅くまで駄弁ったりと、物理的な距離の近い思い出がたくさんできます。
そして来るのが春、新しい生活が始まります。冬に比べて外に出る機会も増えて、多くの人たちと比較的表面的な関わりが増えます。
大学生は「新歓」の時期が来て、まだ見ぬ出会いを求めてたくさんの人に声をかけ、交友関係を広げようと血眼になります。その時、今まで培ってきた友達との関係には目を向けにくくなってしまいます。(私はそうでした)
そんな時私は、春が来ると、冬のうちにできた大切な思い出たちが、桜の花びらとともに明るすぎる青空の向こうに飛んでいってしまう感じがしてしまうのです。
悪い意味で視界が広がりすぎるんです。
だから、「まだ春が来ないでほしい」って思ってしまいます。
でも、新しい出会いに消極的になっているわけではないのです。冬に作った思い出たちともう一度向き合って、しみじみする時間が欲しい!と焦るのが、春を目の前にした今の時期なんです。
街も、春に向けて冬とは違った様相を呈し始めます。私が住むこの街も、建物の装飾が変わったり、私が上京してきた当時と建物のテナントが変わったりと、随分変わってしまい、上京当時を思い出させるものも限られてきました。変わりゆく街に浪漫を見出すこともできますが、大学卒業を目前にした今は、変わっていく街を見たくないのです。ずっとこのままでいたいって気持ちさえ少しだけあります。
だから私は、いつもかけている眼鏡をかけずに街を歩いています。はっきりとした街並みは映してくれない私の裸眼は、ぼんやりとした街の輪郭だけを映します。それだけあればいいんです。
学生寮の友達と通ったバー、友達と夜遅くまで語り合った公園、、、今は見た目が変わってしまったものでも、眼鏡をかけなければ、ぼんやりと輪郭だけを見て、当時を懐かしむことができるんです。
思えば高校の卒業式、私は眼鏡をかけて臨みました。いつも一緒にいたあの子、「今日が終われば離れ離れになってしまう。」と焦りながら、何を話せばいいのかわからなかった私に
「今まで本当にありがとう。また会えるよね?」
そう言って、その子は目に涙を浮かべていました。
その涙を見て私も泣いたし、そのせいで上京したくない、このままここにいたいと後ろ向きな気持ちになりました。
眼鏡をかけていなかったら、前向きに、明るくお別れができたのかなと、今になって思ったりします。
いつもは無いと不便な眼鏡、この時期にはもしかすると余計なものなのかもしれません。
春からは社会人、新居への引っ越しの準備をしていた私は、サークル引退時に後輩たちからもらったアルバムを見返していました。
おっと危ない、眼鏡をかけたままでした。眼鏡を置いてザッとアルバムを見返した私は、段ボールの中にアルバムをそっとしまいました。
そして、思い出が出て行かないように段ボールに二重のガムテープの封をしました。
終わりに、私が最近好きになったアーティストであるフィロソフィーのダンスの『ヒューリスティック・シティ』という曲の歌詞を結びの言葉とさせていただきます。
「♪さよならを好きだって言えるうちに
次の時代いきましょう
私が覚えておくから」
それではまた。
フィロソフィーのダンス/ヒューリスティック・シティ、ミュージック・ビデオ
早稲田祭運営スタッフを経験して...後編
どうも、ポウレです。
前回の「早稲田祭運営スタッフを経験して...前編」では、多くの方に記事を読んでいただき大変嬉しく思っているところでございます。
特に、現役運スタの方々に記事のリツイートをしていただいたことで、多くの運スタに読んでいただいたのかと思うと、気が引き締まります。
今回は大学2年になった私の運スタ生活についてお話しさせていただきます。(本当に色々なことがあった1年間でした...)
今回述べることは、あくまで当時の運スタのことで、今の運スタのことを言っているわけではありませんし、運スタを悪く言うつもりも毛頭ありません。(運スタは自分にとって最高のサークルだったと思っています)
加えて、これは私の個人的な感想であるので、「私が正しい」とは思っていませんし、価値観を押し付けるつもりもありません。
それだけはご承知おきの上、今回も温かい目で読んでいただければ幸いです。
運スタにとって大学2年とは「役職を任され、仕事に責任が伴う年」であります。
早稲田祭運営スタッフは、基本的に1年生と2年生が主体(実働部隊)となり活動をしており、3年生会員は僅かしかいません。
「2年間運スタに在籍しなければ本当の運スタの楽しさを味わえない。」と言う人もいるくらい、運スタ2年目は重要な役割を担っており、やりがいのある年なのです。
大学1年までに部署の同期と結束を深めた私は、何の躊躇いもなく2年目も運スタを続けることを決めました。
大学1年の3月、ちょうど年度が変わる今の時期、運スタ内で行われること。それは組織編成と人事です。チーム内での役職が決まる時期です。
私は1年生の時に比較的積極的に活動に参加していなかった人間なので、役職はもらえないだろうと考えていました。
しかし上の人間から、5つのプロジェクトの統括に任命されました。運スタの方ならわかると思いますが、かなり珍しいタイプです。
そんなに運スタにコミットしていなかった人間が、周りの人間より多くのプロジェクトの統括を任されたのです。とにかく任されたのなら仕方がありません。やるしかない。あまり深く考えずに引き受けました。
4月になり、私を待ち受けていたもの、それは膨大な量の企画書作成です。
運スタは単年度組織であるため、前年度に行っていた企画に関しても、次年度に再度企画書を作成し、役員会の承認を得なければなりません。それに加え、私が担当しているプロジェクトのうち2つは、今まで行われてこなかったプロジェクトであったため、1から企画書を考えなければならず、かなり苦労しました。
5月、運スタの新歓期です。私はというと...何もしてませんでした。あまり興味がなく、新歓に意欲的なチームメンバーが新歓を担当していたので、その子たちに全部任せていました。5月の私は、自分の専門分野(学部)の授業が面白くなってきたので、図書館に籠って勉強したり、運スタ以外のコミュニティでできた友達と遊んだりしていました。
6月、後輩たちがチームに配属され、私にも「直属の部下」ができました。新歓期に運スタの活動にあまり参加しなかった私は、チームの後輩から存在すら知られておらず、「幻の先輩」とされていました。さすがに6月になると活動が本格化するため、私も徐々に運スタに本腰を入れ始めて毎週顔を合わせることで、後輩たちとも徐々に仲良くなりました。
後輩たちは本当に良い子ばかりで、私にはもったいないくらいの後輩でした。
今はそこまで連絡を取らなくなってしまいましたが、ここでお礼を言わせてください。
後輩たち、本当にありがとう。君たちのおかげで楽しい運スタ生活を送れました。それなのに迷惑かけてばかりの先輩で本当にごめんなさい。
話を戻します。
8月になり、夏休みが来ました。私は帰省したくて仕方がなかったので、参加する必要性を感じないレクリエーションはすべて欠席し、最低限の仕事をテレワークやネット会議でこなすことにして、すぐに帰省しました。
そんな時に他部署の人間からこんな声が上がりました。
「あいつは2年目の運スタのくせにレク(レクリエーション)に参加しないのはけしからん。辞めてしまえばいいのに。」
後ほど述べますが、ここに運スタの悪いところが詰まっている気がします...
そんなことを言われながらも私は夏季休暇を存分に満喫しました!
9月、さすがに忙しくなってきます。自分にしかできない仕事だけは必ず完璧にこなして、レクリエーションにはあまり参加しなかった私もこの時期になるとさすがに毎日運スタの活動に参加し、早稲田祭に向け仕事をする日々となりました。
そして他部署の人間からこんなことを言われるようになります。
「あいつ誰だよ笑」
「えっ?!あいつ統括なの?笑」
「1年目かと思った笑」
まぁ仕方ないですけどね〜〜。運スタのごく少数が重要視するレクリエーションにはあまり参加していませんでしたから。
それでも自分の仕事に関しては完璧に仕事をこなしていたので、気に留めないようにしていました。(お給料をいただいて、仕事をする場合にこの理論が通用しないことは当然承知です。)
当時の私は、そんなことを言ってくる運スタガチ勢の呼ばれる方々に対して飽き飽きしていて、尖っていたし、それは向こうにも伝わっていたので直接は言ってきませんでした。
ここで、運スタ2年目を経験し、見えてきた運スタの実情をまとめます。
1つ、「運スタにコミットしない人間を貶す方が、ごく僅かに存在する。」
参加したくないレクリエーションには参加せず、自分の仕事に関わるミーティングは必ずコミットするというスタンスだった私でも、馬鹿にされることがあったのです。
私の考えを申せば、運スタはあくまでサークルであり、仕事ではありません。自分が引き受けた仕事は確実に完遂する義務があると思いますが、それ以外を強要するのは違うと思うんです。目に見えた活動への参加(レクリエーションへの参加など)だけで、個人を判断するのは間違っていると感じました。
私以外にも、仕事はしっかりしているのにレクやミーティングに不参加のため、馬鹿にされるという方を見てきたので。
正直、運スタを辞める人間が多かったのはこのような雰囲気に起因しているとも考えます。
早稲田祭の実現という社会的責任を負っているサークルであることは十分承知ですし、それを意識しながら活動していましたが、楽しむためのサークルがストレスの原因になっていると感じる場面が、少なからずあったことは告白しておきます。
他にも言いたいことはあるのですが、大好きな運スタという組織を貶すのは絶対に嫌なのでここまでにしておきます。今ではこのような雰囲気が改善されていることを切に願うばかりです。
話を戻します。そして一気に早稲田祭当日まで飛ばします。
私が2年生の頃の早稲田祭はというと、、、
大成功でした!
本当に楽しかった。2日間、自分の担当するプロジェクトは何のトラブルもなく成功しましたし、何よりチームのみんなが笑顔で早稲田祭を終えられたことが本当に嬉しかったです。
チームの同期や後輩に恵まれ、最高の早稲田祭を経験できたことは、これからの自信にも繋がりました。
さらに、早稲田祭の成功のために働く意識はそのままに、運スタという組織を客観的に観察する気概を忘れない、ある種の「運スタのアウトサイダー」という自負もありました。
どの組織に属するにおいても、客観的視点を忘れない人間になろうと思えたのも、運スタを通して得られたことです。
早稲田祭、年に1回早大生が1つになれるお祭り。もちろん私が大好きなイベントです。
色々なしがらみはあると思いますが、後輩スタッフの皆さんを心から応援しています。
早稲田祭2020、どんな景色が見られるのか楽しみです。
アーティストの素性は、あまり知りたくない
どうもこんにちは。ポウレです。
私のTwitterアカウントをフォローしてくださっている方はご存知かと思いますが、私は音楽オタクです。
中学からドラムと作詞を始め、今ではベースと作曲もやるようになりました。
もちろん音楽を聴くことも大好きです。
保育園生の時から、80年代90年代の音楽にハマり、CDを買ってもらっていたくらい音楽鑑賞好きの子供でした。今でもCDやアナログ盤を購入し、棚に並べてニヤニヤして、週末にはコーヒーを飲みながら音楽を聴いています。
そんな音楽オタクの私ですが、音楽鑑賞において注意していることがあります。
それは、
アーティストの素性を深く調べないことです。
不思議に思う方も多いと思います。好きな音楽に出会って、それを歌っている、または作っているアーティストを知ったら、人間性だったり人となりを知りたくなります。私もそうです。でも、その気持ちをグッとこらえます。
なぜかって?理由は単純です。
「アーティストの人となり、人間性を知ってしまったら、その音楽に偏った評価を下してしまう恐れがあるから」です。
エピソードを踏まえて説明しましょう。
私は小学生時代から好きな某アーティストがいました。グループ名は伏せますが、誰もが知っているグループです。
カラオケでは毎回そのアーティストの曲を歌うくらいでした。
転機が訪れたのは高校に入ってからです。
ある日ネット上にて、そのアーティストの人となりを知る言動や行動を目にする機会がありました。
情報の正誤は置いといて、その言動や行動は、私にとって非常に不快なもので、一瞬でそのアーティストが苦手になってしまいました。
その日以降そのアーティストの音楽は無意識のうちに聴かなくなりました。(今はちゃんと聴きます。)
良い音楽も、そのアーティストの深い部分を知ってしまうと公正な判断ができなくなることを知りました。これがきっかけでアーティストの素性はあまり見ないようになりました。
もちろん、深くアーティストを知ることで、もっとそのアーティストが好きになるということもあると思います。
でも私は良い音楽を純なまま評価し、楽しみたい。だから深くは知らなくても良い。それだけの話です。
以上は私の個人的な音楽の楽しみ方です。推奨はしません。人には人の音楽の楽しみ方がありますので。
それではまた。
高校生活とJourneyと
こんにちは。ポウレです。
突然ですが皆さん、Journeyというバンドをご存知でしょうか。
Journeyは80年代のアメリカを代表するロックバンドで、数々の名曲を世に送り出した伝説のバンドです。
このバンドを知らない方でも、野球好きの方は『Separate ways』はご存知かと思います。WBCの中継がCMに入るとき、「ウォォォォォォォ!!!(デデン!!)」っていう叫び声のようなものが聞こえてくると思います。あれが『Separate Ways』です。この曲も名曲の1つなのでMVを載せておきます。
Journey - Separate Ways (Worlds Apart) (Official Music Video)
時は過ぎて2017年、このMVの80年代の音楽シーンを代表するMV構成に目を付けたアーティストがレキシです。レキシの『KATOKU』という曲のMVには、『Separate Ways』のオマージュと思われる、というかオマージュとしか思えない部分がたくさんあります。
レキシ - 「KATOKU」 Music Video (YouTube ver.)
こちらも私が好きな楽曲の1つなので是非聴いてみてください。
様々なアーティストに多大なる影響を与え、時が経った今でもその楽曲が愛されているJourney。今回はこのアーティストについて少しだけお話ししようと思います。
私がJourneyに出会ったのは、3歳とか4歳の頃です。両親の影響で80年代の洋楽邦楽を聴いて育ってきた私がJourneyに出会うのは必然でした。『Don't Stop Believen'』『Open Arms』といった名曲に触れながら、中学になってドラムを始めた頃にはコピーバンドを作ろうと思うくらいのファンになっていました。そんな時自分のお金で買ったアルバムが『Greatest Hits』でした。そこで私は『I'll Be Alright Without You』という曲に出会いました。
言葉にできないほどの衝撃を受けました。イントロが流れ始めた瞬間からCDプレイヤーから動けなくなり、何回も何回もリピートしました。おそらくその日30回は聴きました。それくらい衝撃だったんですね。
大人っぽい恋愛経験がなかった子どもの私でも、大人の恋のビターな結末と、そんなこと意に介さず進む日常の切なさみたいなものを感じることができました。
高校になってもJourney熱は冷めず、高校1年生になって付き合い始めた彼女にもJourneyについて熱弁していた覚えがあります。特に『I'll Be Alright Without You』はウォークマンで何回も聴いてもらっていました。(面倒くさい男ですよね笑)
色々なアーティストの楽曲に触れながら中学高校生活を音楽とともに駆け抜けた私ですが、ついに受験生になりました。
彼女は理系の成績トップ、私は文系の成績トップとして、プレッシャーを抱えながらも毎日勉強に励んでいました。
そしてその彼女との思い出は、突然終わりを迎えました。喧嘩もしていなかったし、前日までいつも通り話していたのに、いきなり別れようと言われたのです。
理由も教えてくれませんでした。私は「わかった」としか言えず、そのまま彼女との3年間は消え失せました。
「勉強しなきゃ」とは思いながらもだいぶ精神的に参っていた私は、音楽に頼るしかありませんでした。
彼女に聴いてもらいために作っていたプレイリストを眺めていたら、Journey『I'll Be Alright Without You』が目にとまりました。YouTubeを開き、初めてライブ映像を観ました。(まさに↓の動画です)
Journey - I'll Be Alright Without You (Live)
2番サビ後のニール・ショーンのギターソロが流れ始めた瞬間、涙が止まらなくなりました。なんだよあの官能的なギターソロ。ずるいやろ。CD音源の数百倍かっこいいやん。なんでこのタイミングで好きなギターソロランキングを更新されなあかんねん。そんなことを思いながら思う存分泣きました。
そしてCD音源にはない最後の歌詞「♪Someday baby, maybe your heart could be mine」もう深くは言いません。グサグサ来ましたが、何か救われた気がしました。
そんな思い出があり、『I'll Be Alright Without You』を聴くと真っ先に高校時代の思い出がフラッシュバックします。晩酌時にしんみりしたくなったら聴きます。
『Greatest Hits』のアナログ盤買おうかな笑
ビスケットサンドって美味しいよね
森永製菓のビスケットサンドというアイスを食べたことがありますか?
下宿の最寄りのコンビニでビスケットサンドが目に入ったら絶対に買っちゃうくらいこのアイスが好きなんです。
今日も買っちゃいました。ビスケットサンド片手にこのブログを書いています。
なぜここまでビスケットサンドが好きかと言うと、中学高校の売店で売ってたからです。青春の味ってやつですよ。
私が中学に入学した頃、学校で空前のビスケットサンドブームが起こったんです。はっきりとした理由は分かりませんが、「友達数人でビスケットサンド食べながら喋る」ことが「イケてる」という認識が学校中に広まっていたことは確かです。(いかにも田舎の学校って感じがしますね笑)
思えば部活時代、練習前にクラスメイトと売店のベンチに座ってビスケットサンド片手に駄弁ってたら部活の顧問にこっ酷く叱られたな。
部活前に売店に行くことを禁止されていた私の部活。でもビスケットサンドのために顧問の目を盗んで売店に通ってました。その時は「ビスケットサンド食べたい!」という理由ではなく、大人に反抗したいという時期だったからそんなことをしていたんじゃないかと思います。
たまーーにある部活が休みの日は、放課後の教室で友達とビスケットサンドを食べながらふざけ合ってましたね。
大学生の今ビスケットサンド食べてると、中高時代の思い出がフラッシュバックします。このブログを読んでくださっているあなたにも青春の味があるのではないでしょうか。久々に買ってみて、記憶トリップをしてみると楽しいですよ。
中学高校時代の思い出に浸っていたら、左手に持っていたビスケットサンドが溶けてフニャフニャになってきました。食べることに専念するので今回はここまでにします。読んでいただきありがとうございました。
昔は爆速で平らげていたビスケットサンド。この年になってゆっくりと味わうようになった理由は何となくわかる気がしますが、知らないふりをしておきます。